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2016年08月

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基本的に引きこもり体質なのだけど、外に出なければ日々の活計を得られないので、仕方なく外に出る。

外に出ると、厭でも人と会う、話す。

そうすると、そういう年代なのかどうなのか、大抵は仕事の話になる。それは日々の大半を仕事に費やしているから仕方のないことなのだろうね。

僕は特に話すこともないような、どうでもいい仕事に従事しているから、主に聞き役にまわるのだけど、いつも思うのは、そのモチベーションの高さ。

「子どもの夏期講習代を稼がないと」「嫁の病気が治るまで頑張らないと」「あと数年で子どもが独立する、それまではなんとか」「家人が拾ってきた猫の治療費が高い」「スナックのおねぇちゃんを落とすのに金がかかる」、中には仕事自体が楽しいなんて奇特な人も。

生きている時間のほとんどを労働に費やす僕も含めた彼らは、働く理由がそのまま生きている理由に繋がったりしている。はず。

僕には高いモチベーションを維持する何かもなく、生きているのも何となく、井上尚弥の引退、Perfumeの解散、町田康の断筆、これらのことが起こるまでは生きていようかなくらいのとても人には言えない理由とも言えない理由で今日も蠢いていたりする。

その程度の理由で、過労死認定レベルの残業を課せられ、手首がもげる。菊門が塞がる。なんて心配をしつつ働く自分は一体何なんだ。何をモチベーションに働けているのだろう。我ながら不思議。旅に出たい。世界は広い。それを確認したい。

世界は広い。知ってる。知ってるけど分からなくなる。知っていることと、分かっていることは違う。その差雲泥。

話がまた逸れていってることは知ってる。でも何故かは分からない。外は雨、今日は一日雨だった。


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「WE ARE Perfume」 2015年 日本 監督 佐渡岳利

7月頭の発売日、買ってしまおう。そう思っていたのだけど、恐らく一度しか見ない。そうも思ったから、はやる気持ちを抑えレンタル開始まで待った。

普通に新作のコーナーに陳列されると考えていたのだけど、音楽DVDに分類されていて、探すのに手間取る。

ちょっと人目を気にして抜き取ったのは、我ながら情けない。どんなときもどんなときもすきなものはすきといえるきもちだきしめていたい。なんていつかの流行歌が脳裏に流れる。

これは、新規に向けた作品ではないのかも。

一度でも彼女らのライブを観たことのある人向けか。

華やかなステージの舞台裏。

僕的に、2.5次元感が不思議な感覚にさせるその感覚がそのままアーティスティックな感応につながっていたのだけど、そんな彼女らが、急に3次元に感じられて。

それはそれでどうなんだろう。声にエフェクトをかけたり、プロジェクションマッピングで近未来的、幻想的なステージを構築しているその世界観にどこか人間味が加えられた気がして、良くも悪くもイメージが変わる。

劇中、彼女らがライブ前に発する「エンジョーイ」って掛け声。仕事が楽しくてしょうがない、あるいは楽しんでやるって決意、鑑賞の明くる日、僕も一人の運転席で、言ってみた「えんじょーい・・」想像以上に恐ろしく虚しく響いて、そこにある学習性無力感に跳ね返された「えんじょーい」が我が身に刺さる。

ドキュメンタリーとしては凡百のものかもしれないけど、Perfume好きには楽しめるかも。ていうか、ファンしか見ないか、そもそも。

そう思いました。














ざんえすね。

さて夏といえば、昔から何故か怪談。

去年のことだけど、ちょっと書いておこうかな。

その前にまず、うちの職場にいる「きち」のことを説明させてもらいたい。

このきち、年齢はもう来年だか再来年だかに定年を迎えるという大人の中の大人、年齢的には。

きちは仕事でかなりのハイペースでヘマを量産する。しかも、そのヘマを小学生もビックリするような下手な嘘で誤魔化そうとする。それを追求すると、逆ギレ、むくれてどこかへ逃亡、翌日謝る。このパターンを何度も見た。

ときちはこういう人だ。社内での評価も「嘘つき」に定まっている。

ここから怪談、ある日の夜勤、用を足しに職場の敷地内でも隅っこの方にあって、そこはその持ち場を担当した者しかほとんど使わないトイレへ行った。時刻は草木も眠る丑三つ時、マジで。

誰も使わないトイレだから、当然照明は消されていて、真っ暗。

照明を付け、小便器に向かって用を足しているとき、何気なくふと後ろを見た。

すると、二つある個室の奥の方の鍵が閉まっている。スライドさせるタイプのあれで、外から見ると鍵のところが使用中は赤になるあのやつ。

なんで?ここはあまり人が使わないし、誰か使用しにきたとして、明かりもつけずに個室に入るかね・・。

使用中を報せる赤を見つめながら、そんなことを考えていると、急に怖くなってくる。以前から噂はあったのだ、あそこのトイレには、何かいる。と。

気が気じゃない、ずっと扉を睨みながら、こんな時に限って止まらないよ、もう2リッターくらい出てんじゃないかってくらい止まらない。こうしている間に、あの扉が空いたらどうすんだよ、何か出てきたらどうすんだよ、うわわ。

無駄に咳払いなどしながら、相手を牽制しつつ、何とか用を足し、過剰に水を出して手を洗い、照明は消さずに外に飛び出した。

この話を帰りに職場の人間が集まるところで話すと、皆ちょっと疑ったような感じで、「へぇ」とか「マジ?」とかどうでもいいような、ハイハイ、みたいな相槌。

いや、マジなんだってと強弁しつつ、あ〜写メ撮ればよかった、ってか上から覗いたったらよかった、でも、マジでオッサンが気張っていたりしたら、それは幽霊とか見るよりよっぽどトラウマだよな。そんなの見たら。とか思っていると、「それ、ホントですよ、僕も見ましたもん。」

おお、なっ!ホンマやねんて、マジやねんて、と言いつつ突如現れた助け舟のほうを振り返ると、

声の主は前述のきち。

ああ、きちか・・・。周りも、ふーん。みたいな感じを強くする。

きちに見たと言われると、何だか自分は見てないんじゃないかと自分を疑いだす。

今もきちの援護射撃が相手に当たらず僕の背中に当たって、自分を疑っている。あれはホントにあったことだろうか・・と。

あれ?怪談のつもりが、きちが如何に嘘つきかみたいな話になった。

でもまぁ、60を目前にして、これだけ人から信用がないというのも、ある意味怪談だ。

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「残穢 住んではいけない部屋」  2016年 日本 監督 中村義洋

これはホラーと思って観たけど、ミステリーに近い感覚の作品に感じた。

あるマンションの一室で起こる怪現象を追究していく、その過程で明らかになっていく因縁。

既存の物に多い、意味の分からないお化けとかが急に襲ってきて、ぎゃーとかうわーとかの話じゃなく、

しっかりとしたストーリーがあったことが印象的。

あまり、ホラー系は好かないのだけど、夏だしね。

たまには。

そう思いました。













あいをつむひとすね。

「良い人ほど早く死ぬ」この言葉を最近、立て続けに聞いた。

こんな戯言、真剣に信じている人があるのだな。とその単純さに呆れつつ感心した。

この言に従えば、今周りにいる年上は皆自分より悪人ということになり、年下は皆自分より善人ということになる。

金さん銀さんよりヒトラーの方が善人で、宮崎勤よりガンジーの方が悪人。

んなわけあるかい。何でも鵜呑みにせんとちょっとは頭使わんかい。と頭を全く使わない僕が思うのもなんだけど思う。

「良い人ほど早く死ぬ」この言葉の意味するところは、恐らく、生きていたらもっと世のため人のために何かできる人であったのに、もっと生きていて欲しかったな、何でこんなに早く死んじゃうかな。という想いが言わせた言葉。

悪い奴なんてのは、明日と言わず今日しんじゃえよ。と思っても、平気な顔でずっと生きている。憎まれっ子世にカルバハル。もとい憚る。

また、人は死んでしまうと大抵はその人の良い事しか思い出さず、あぁあの人は良い人だったな、なんて美化や補正もあったり、尚且つ、その人が仮に生きていたら犯したかもしれない過ち間違いも死んでしまったら犯しようもないので、その評価はどこまでも良い人に留まる。

ゴミみたいな悪人も、その人に迷惑をかけられていた周りの人々は、その死によって大きな荷を下ろしたような気分になる。そうなると、まぁ死んじゃえばね・・みたいな空気になって、それ以上の悪人になりようもない。生きていれば、今以上に恨まれていた、禍根を残したかもしれない悪人も、そこで悪の打ち止め。

「良い人ほど早く死ぬ」のではなく、「早く死んだ人は良い人に思える」

そういうことなんじゃないのかな。なんて。

僕にも生きていて欲しかったなと思う人が幾人かいるけど、生きていたら生きていたで、怒られっぱなしで、早くくたばれや。とか思ってしまっていたのやもしれん、などとも思う。

でもやっぱりそれでも生きていて欲しかったな。

感傷的な八月は死者の月。

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「愛を積むひと」 2015年  日本  監督 朝原雄三

この作品でも「良い人ほど早く死ぬ」という言葉が、言い回しはこのままではなかったかもしれないけど、台詞として使われていた。どうでもいいことだけど。

仕事をリタイアした老夫婦が、東京から北海道に移住。

それは夫に隠した重病を抱えた妻の終活の計画の核を成す部分。

彼女に関わる人間の幸せを願い、たくさんの仕掛けをして世を去る。

次々に明かされる秘密。愛に溢れたそれらに記された願いに応える残された人々。

良妻賢母の最高峰じゃないか?この人。

思わず

「良い人ほど早く死ぬ」

そう思ってしまったよ。

善哉。

そう思いました。













ある日、送られてきた、25年来の親友からの誕生日プレゼント。

送られてきたといってもそれは物ではなく、携帯に送られてきた写メ付きのメッセージ。

内容は「吉田沙保里の攻略法」

吉田攻略の構えが写メ付きで解説されている。内容は折角のプレゼントであるから、詳述はできないけど、これまでにレスリングの試合で見たことのないオリジナリティ溢れる構えw自分なりのレスリングコスプレなのだろうか、紺地に赤のフチ取りが施されたタンクトップに、パンイチwwスキンヘッドに無精ひげ肩にタトゥーの男が真剣に構えるその写メは何か違法な薬物を摂取しているんじゃないかと心配になる。相手が普通の人ならば。しかし相手は狂拳、常に脳内麻薬キメキメな男なので、これくらいは全然普通。それってどうなん。とも思うけど。

・・・むぅ。何か贈ろうという気持ちはありがたいが、想像の斜め遥か上からの贈り物に戸惑う。

写真を見て思う。これは確かに守るということに関してはいい構えに見えるが、攻められないんじゃないのかな。

攻略法というからには、勝てないと意味がないわけで、攻めないと勝てない。・・何を真剣に考えてんだ。俺。

と思っていたところに、またもや狂拳から写メ。

抜群の格闘センスを持つ狂拳、一枚目の写メを自ら見ておそらく、「ハッ、これでは守れても攻められないじゃないか」と気づいたのだろう。

写メの解説は、「対吉田沙保里シフト、超低空アナザーワールド」www

吹き出すわ。夜中に吹き出すわ。両親起きるわ。

なんやねん、アナザーワールドってww

でもまぁプレゼントだし、有り難く頂戴しておこう。仮に吉田沙保里と相対することがあれば、この超低空アナザーワールドで立ち向かおう。そう思って、次の日の仕事に備えて寝た。

起きて会社に着いて、オッサンらと話してビックリ、吉田が負けたらしい。

昨日折角対吉田沙保里シフト超低空アナザーワールドを伝授されたというのに。

仕事を終え家に帰り、吉田の試合を見ると、相手のマルーリス、全然アナザーワールドしてないww当たり前かw

といった誕生日。挽く機械がないのにコーヒー豆貰ったり、何故か巨峰を貰ったり、貰ったチョコボールに銀のエンゼルがついていたり、アナザーワールド伝授されたり、それなりに印象深い一日だったな。

でも、これでええの?こんなんでええの?40やで?オッサンやで?もっとしっかりせな。

などと、鏡の前でアナザーワールドしながら思う。

ある意味、今生きている世界、きっとちゃんと生きてるみんなとはアナザーワールド。悪い意味でww

何これ??????

そう思いました。












じょーのあしたすね。

会社なんかで誰だかと話したりするとき、多くは時事ネタから入り、、それについてあーだこーだ、実際には「SMAP解散?どうでもいい。むしろ遅すぎるだろう。いい年のオッサンが歌って踊ってゲッチュもないもんだ。せいせいする。」とか思っているのだけど、相手が解散を意外に思っていたり、残念ぽい雰囲気で話してたりすると、それに合わせて、ほんまねぇ、寂しい気もしますねぇ。でもまぁいい頃じゃないですかねぇ。などと阿呆みたいに答える。

ここで空気も読まず、自分の意見をゴリゴリ押し付けても、何も良いことはない。その場を波風立てずに済ませるには、常識、世間一般の見解に寄り添っておけばいい。

常識的に・・・。

常識・・・。

なんだそれ?誰が決めたのか分からないそんなものに、都合のいい時だけ、擦り寄っていくなんてのは、何だか卑怯な上に退屈だ。話し相手にとっても、相手は僕でなくてもいいわけだ。Siriで十分だ。

常識、ルール、世論、そういったものは社会を上手く機能させるためにそら必要なんだろうけど、それにのみ頼り切るのもどうだろう、わし、考えることを放棄します、決めてくれたら守りますんで!って宣言しているようなものじゃない?それって。

会社にも幾人かいるのだけど、ルールは守っている!だから俺は正しい!みたいな人。例外なく怠け者。何か聞いても自分の意見は言わない。ルールでこうなっているから。としか言わない。なら、そのルール全部書いてどこかに置いておいてくれたら、もうその人はいらない。管理者の職責はそんなところにないと思うのだけど。ルール、ルールというが、遅刻が三回続いた社員はその直属の上司がその社員を撲殺する。なんてルールができたらお前それ守るのかよ。なんて極論が頭に浮かぶ。

世の中が決めたから、会社が決めたから、自分より偉い人がこう言うから。

その通り生きれば、それは楽だろう。けど、そういう生き方なら自分じゃなくていい。誰でもいい。

常識、ルール、世間的な風潮、その範囲の中で交わされる言葉、関係。

誰だお前?誰だ俺?



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「ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年」

世界にアリがいれば、

日本には辰吉がいる。

日本ボクシング界のカリスマ辰吉。

彼はその当時網膜剥離即引退のルールを変えた。だって体元気やもん、できるやん。

みたいなノリで、長年誰しもがルールだからと現役を諦めたそのルールを、見事な駄々っ子ぶりで変えてみせた。

辰吉の考えを覆すだけの強い説得力を古くなったルールは持ち得なかった。ルールという言葉に力があっただけで、その内容に力はなかった。結果彼はボクサーにとって死刑宣告ともいえる網膜剥離を患いながらも、手術を受け、然るべき医師から了承を得、リングに帰ってきた。そしてたくさんの感動を人々に与えた。

アリにも辰吉にも言えることだけど、リング外での戦いに勝ったこと、これが彼らを物凄く大きく感じさせる要因だったりするよね。とかね。

普段どちらもビッグマウスで、周囲もそれをリップサービスくらいに受け取って楽しむ。

ところが、時にその法螺にも思える大放言を上回るミラクルを起こしてのける。

映画の話してないや・・。

この作品、ほぼ全編辰吉のインタビュー映像のみで、20年間の変遷を辿る。

昔も今も威勢がいい。やはり何とも魅力的な人間だ。愛嬌、厳格、頑固、明朗、不遜、若さ、関心、無関心、真面目、自由、様々な要素がそれぞれ独自の輝きを持って混ざり合い、「辰吉丈一郎」としかいえない個性を持った存在がグイグイ迫ってくる。

しかし20年。顔変わったな〜。とか。

善哉。

そう思いました。




















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